週一で読書

気持ち的には、週に約一冊のペースで読書の感想を書いています。

サン=テグジュペリ『星の王子さま』

本記事は、ネタバレには一切配慮しておりません。あらかじめご了承ください。


目次

  1. サン=テグジュペリについて
  2. 『星の王子さま』について
  3. 感想
  4. おわりに
  5. 出典・参考

サン=テグジュペリについて

1900~1944(44歳没)。フランスの作家、操縦士。名門貴族の子として生まれ、兵役で航空隊に入る。1926年、26歳から作家としての活動を開始。『南方郵便機』『夜間飛行』など、自身の航空士としての経験を背景とした作品を多く残す。

アメリカ亡命などを経た後の第二次世界大戦時、偵察隊の隊員として出撃。最期は地中海上空で行方不明となった。


星の王子さま』について

1943年4月、アメリカで出版。1935年に自身がサハラ砂漠に不時着した経験が反映されている。作者本人の挿絵が印象的である。 第二次世界大戦の期間の只中に出版された作品で、出撃して行方不明となる1年前に出版された作品。

童話として扱われるが、取り上げているテーマはむしろ大人向けである、と評されることが多い。

あらすじ

飛行機の操縦士である"ぼく"がサハラ砂漠に不時着し、そこで出会った"王子さま"と話をする。王子さまは、他の星から地球にやってきたというのだ。彼はぼくに、それまでに訪れた数々の星の話をする...。


感想

内藤濯による訳書を読んだ。多少は昔の言葉遣いがあるものの、全体に読みやすい文章だった。また、サン=テグジュペリ本人が書いたイラストが非常に可愛らしく、ストーリーやキャラクターをイメージする大きな助けになった。

星の王子さま』を読んで私が感じたことは大きく2点ある。

  • 異常にも映るおとなたちの描写
  • 大切なものは心で見る

以上2点である。一つずつ取り上げて考えていく。

異常にも映るおとなたちの描写

星の王子さま』は、終始一貫して「おとなになってしまった人間たち」へ語りかける内容だったように思う。冒頭のレオン・ウェルト氏への文章を一部引用する。

〜そのおとなの人は、むかし、いちどは子どもだったのだから、〜

〜。おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)

本作中には、いかにも異常で、こっけいに見えるおとなたちが登場する。王さま、うぬぼれ男、呑み助、実業屋だ。現代社会で大切とされていること(権力、名声、酒、金)を、あえて極端な描き方をすることで読み手に疑問を持たせ、またそうした世の中へ警鐘を鳴らす意図があるのだと推察した。が、実際にサン=テグジュペリにとって、おとなたちはそのように見えていたのかもしれないと思うと、どこか他人事に考えてしまっている呑気な自分自身に嫌気がさしてくる。

さて、こっけいに見えないひととして、"点燈夫"が挙げられている。(〜。でも、ぼくにこっけいに見えないひとといったら、あのひときりだ。)これは実際に世界を明るくしている(=具体的に影響を与えている)仕事であるから、きれいな仕事であり、本当に役にたつ仕事と評しているのだろう。部屋や自分の世界に閉じこもるのではなく、実際に外の世界に影響を与えているのである。

地理学者についての言及は少ない。はじめこそ「そりゃおもしろいなあ、ほんとうに。そんなのが、ほんとうの仕事ですよ」と評してはいるものの、直後から王子さまをがっかりさせるような描写が続いている。地理学者が自らの仕事を"とても大切な仕事"と評していて(実業家らも自らの仕事をだいじな仕事と評している)、点燈夫と対照的にずっとひっこんでるきりの仕事である点から、決して印象は良くなかったと推察する。また、地理学者の住んでいる星は非常に堂々としていたにも関わらず、当の地理学者自身はそれを取るに足らない扱いをしていた(地理学者にも関わらず!)。この点からも、「大切なものを見ようとしないおとな」像が強くイメージさせられた。

サン=テグジュペリ航空士だったことで少なからず地理学とは縁があり、また実際に自らの生活の中で役に立った事実もある(なるほど、地理は、たいそうぼくの役にたちました。)。その点、地理学者は一口に異常に映る人間として記述するものではなかったのかもしれない(中には心が豊かな地理学者の友人がいたかもしれない)。しかし、地理学という知識を通してたくさんのえらい人たち=おとなたちとお近づきになったことは、この作品の基準では決して良いことではなく、"ぼく"を「心で大切なものを見る」ということから遠ざけたひとつの要因になってしまったのかもしれない、と考えた。

サン=テグジュペリ自身、幼い頃から空を飛ぶことへの熱意を抱えていたという。しかし第二次世界大戦の最中「美しいもの」を見るための飛行の実現は難しく、理想と現実の乖離に苦しんだのではないだろうか。

大切なものは心で見る

星の王子さま』が出版されたのは1943年、サン=テグジュペリが43歳のことで、1935年(35歳)に自身がサハラ砂漠に不時着した時の経験を下敷きにした作品とされている。

ものわかりの良さそうなおとなに、幼い頃に書いたウワバミの絵をおとなに見せる様子が冒頭に書かれている。このように"ぼく"が子供であろうとしている(=大切なことを心で見ようとしている)様子が描かれている。しかし同時に、王子さまとの会話で苛立ちを見せるなど、"おとなたち"に適応する事を覚え、感化され始めている様子も描かれている。

サン=テグジュペリが"ぼく"と自分自身を重ねて描いていたとすれば、心で見ることの大切さを自覚しながらも、社会や環境、時代のなかでそれが出来なくなっていく自分自身を自覚していたのではないか。世に問いかける作品としては勿論だが、理想から遠ざかっている事への自戒も込められていたのではないだろうか。

出版されたのは第二次世界大戦の只中のことであり、社会情勢は極めて厳しい状態にあっただろう。親友であったレオン・ウェルトもユダヤ人として迫害を受けていた。 「死」や「美しくないもの」が手に取れる形として存在していた時代でこそ、サン=テグジュペリは大切なものを心で見よう、と呼びかけたかったのではないだろうか。

「大切なもの」ってなに?

再三再四「大切なもの」という言葉を上げてきたものの、具体的にそれが何か、という議論をここまで先送りにしてきた。私は、この作品における「大切なもの」は「」と「豊かな感受性を持つこと」だと感じた。王子さまとキツネやバラとの会話、また王子さまと"ぼく"との会話は、(「友愛」を包含した)愛についての議論と受け取れるように思う。そして美しいものを美しいと感じ、豊かな想像力を働かせる「感受性」を持つという視点こそが、サン=テグジュペリが本当に大切だと伝えたかったことではないだろうか。

私自身22歳になり、大人と呼ばれる年に近づいてきた(あるいは、既に大人と呼ばれる年齢かもしれない)。金や名声、権力がチラつき始める中で、美しいものを「美しい」と思える心をいつまでも持ち続けたいものである。

おわりに

実は今までこの本を通して読んだことがなく、第二外国語に仏語を選択したことをきっかけに読み始めた程度だった。しかし、作品として面白かっただけでなく、いつの時代にも受け入れられる下地のある作品だとわかり、読んでいて気付きも多かった。 2020年4月現在、COVID-19の影響で実に息苦しい社会になっている。政治に対する不満、著名人の死、イベントの延期。辛いことが多い時期だからこそ、「愛」、そして自分の「感受性」と向き合って生きていきたいと強く思うところである。

出典・参考

理系出身に有るまじきWikipedia参考ですが仕方なし。代替を見つけるまで。


最後までご覧いただきありがとうございました。本文章は私個人の感想です。もしよければ、あなたの視点や考え方、感想をコメントでお教えいただければ幸いです。

私が感想の中で大切である、として取り上げた「感受性」について、茨木のり子の『自分の感受性くらい』という詩があります。有名な詩ではありますが、私が大好きな詩でもあるので名前だけ紹介させて頂くこととします。